歴史編地図

着物は一日にして成らず


ウサギ歴史編の参考資料など 私が調べた限りで掲載しております。
◎ 歴史1 >>


ウサギ右前 正しい着方。 右前は法律で決まりました。昔の法律が現在でも有効なのです。
◎ 歴史2 >>


ウサギ衣文をぬく。 現代衣紋を抜きすぎの人が多いです。衣紋をぬいたからといって美しくなれるわけではありません。
◎ 歴史3 >>


ウサギおひきずりと帯。 おはしょりはいつごろどんな理由ではじまったのか? 男女の帯の歴史
◎ おひきずり →  
◎ 帯 →


ウサギ江戸時代の男性の服装。 江戸時代のおおまかな男性の服装の変遷です。髪型 羽織 帯
◎ 歴史5 →


ウサギ男物羽織。 羽織の起源  十徳 胴服 陣羽織 との関係 
◎ 歴史6 >>


ウサギ女物羽織。 女物羽織は男性とは扱いが異なるのはなぜか 窮屈羽織 辰巳芸者 
◎ 歴史7 >>


ウサギ南蛮風俗。 16世紀中ごろに貿易や布教の目的でやってきた人達の服装が着物に影響をおよぼします。
◎ 歴史8 >>


ウサギ毛織物。 ウールは現在と違い昔は高価なものでした。
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ウサギ木綿。 木綿が栽培されるようになったのは? 
◎ 歴史10 >>


ウサギ浮世絵から見る着物。 浮世絵や肉筆から江戸時代の風俗をみる。 
◎ 歴史11 >>

歴史編1 歴史編

むこう山吹歴史編は現在一般の人が着る着物を中心にいつごろその風俗が出現したかをたどることにしました。現在の着物の原型は桃山時代から江戸時代初期にうまれました。江戸時代は さまざまな風俗がうまれます。
現在でも続いている事や一時の流行で終わった事もあります。例えば 江戸時代の帯締めは丸絎けといって 布に綿を入れたものでした。組紐を使った帯締めについては随筆家の白州正子さんが「衣装美」という本の中で白洲さんの母上が高田さんという方に作っていただいたというくだりがあり「あっ」という間に広まったということを書いておられます。確かに時代劇では腰元や身分の高い女性は丸帯を文庫に締めて丸絎けの帯締めをしています。日本には多くの織物の産地があります。昔から織物を織ることは女性の仕事でした。現代社会はサラリーマンと呼ばれる人達が多くを占めますが江戸時代は8割ぐらいが農民だったといわれています。ガスや電気のない時代ですので農閑期があります。農民は年貢と自分達で食べる為に農業をしますが現金収入が得られません。そこで農閑期に現金収入を得る為に織物を織ったのです。山の中の地方では3つ山を越えてでもよい織物を織れる嫁を探したという話もあります。

二つ立鼓井上伝(1788~1869)という女性がいます。この人は久留米絣の考案者で女性の自立の為におしみなくその技術をたくさんの女性に教えたそうです。名前が残っている女性はまれです。日本人はほどけば四角の形にもどすことのできる仕立て方を考えて「着たおす」という言葉がぴったりあてはまるように衣類を大切にしました。洋服が普段着となった今 その技術を伝承する事が困難になっています。被服科の専攻できる学校も少なくなっています。昔は親から自然に学べた事も授業料を払って学ぶようになってしましました。


参考文献

本の題 出版社名
最新きもの用語辞典 文化出版局
服装大百科事典 文化出版局
ヴィジュア百科江戸事情第6巻服飾編 雄山閣出版
総合資料日本史 浜島書店
深川江戸散歩 新潮社
新版和服裁縫ハンドブック 日本和裁士会編
新版 和服裁縫 日本和裁士会編
広辞苑 岩波書店
広辞林 三省堂
綿と木綿の歴史 武部善人著作 御茶の水書房

歴史編2 右前

正しい着方とその呼び方

右前 正しい着方

603年 推古天皇が冠位十二階制の中で中国の制度にならって右衽を取り入れる。うじんと読む
719年 養老3年元正天皇が右衽を公式にし左衽を禁止する
右衽は右前と同じ意味です。右前とは右前身頃の上に左前身頃を重ねる着方です。 洋服では同じ着方で 左前という為混同しがちです。

高松塚古墳の壁画には 左前に着た女性が描かれています。 日本にはいろいろな民族の人達が移り住んできましたし、好きなように 着ていたと思われます。公式に決まったとはいえすぐに浸透したわけではなく徐々に広まっていったようです。


間違った着方

生きてる人は間違った着方
左前に着ると「お化け」とか「死んでる」とか 母親に冗談交じりで言われました。 死装束を左前にして着るようです。生きている人が右前にするので反対に着せたのではないでしょうか?
建築の世界でも同じです。ふすま 障子 扉の重なり方が向かい合わせに見ると着物と同じように向かって右を高くします。右利きが多いからではないでしょうか。 家でお葬式をする時には 襖や障子を反対にして 終わったら元にもどす習慣もあったとか。気持ちの問題ですね。
右前というのが正しいのですが広辞苑第五版には『 相手から見て右の衽を左の衽の上にして衣服を着ること。右衽 』とでています。着物というのは左側が高くなるという構造です。それに従えば左側があとに重ねる事になります。つまり着ている人から考えて右側をさきにあわせる、すなわち右の方が前(まえ)にくる、左の方が後(あと)にくる。右衽というのは着ている人の右に衽が見えるように着るという考え方ではいけないのかな?と思ってしまいます。着方を説明するのになぜ第三者から見た説明をするのかな?と思うのですが・・・。文字数に制限がある辞書では相手からみての説明文が慣習のようです。


鏡を見て着る時の注意

鏡は逆に着ているように見えるので 錯覚しないようにきをつける和服は必ず鏡を見て着ます。よくやる間違いは鏡だけを見るとまちがって着ていると錯覚します。帯を結ぶ前に必ず自分自身を見ましょう。鏡を見て正しく着ていたら 間違って着ているのです。右の図は鏡にうつっている図なので間違っては着ていません。 本屋や雑誌や新聞でときどき反対になっている時があります。着ている人は正しく着ていても写真を印刷する時に間違う時があります。印刷する人がよくわかっていないのです。
必ず誰でも間違えます。早いうちに間違って 間違えないように着れるようになりましょう。


高松塚古墳の壁画 女人群像

高松塚古墳の壁画 女人像
まさかカビの為に貴重な文化財が失われるとは夢にも思っていなかった時に高松塚古墳に隣接した高松塚壁画館を見学をしました。そのときの入場券の一部に西壁の女像が掲載されていました。それをコピーしたものです。朱の衣を着た女性を少し拡大してみましたが女性たちが左前にしているのがわかります。

着物を製造する為

着物の上前が統一されたことにより必然的にデザインにも一定のお約束ができました。下前身頃はあまり見えないので、上前身頃に柄が配置されたりするのです。