歴史編11 浮世絵から着物をみる

喜多川歌麿「二美人洗い張り
←喜多川歌麿 「二美人洗い張り」 生まれは1754?~1806ごろの人。向かって右の女性が洗い張りをしています。見えないでしょうけど 左手のすぐ横には端縫いしている部分が見えます。

 

 

葛飾北斎「春景二美人」
← 絵には北斎辰政画とかいています。葛飾北斎は1760年ごろに生まれた人で90歳ぐらいまで生きた人。号がいろいろかわります。
北斎辰政は30歳の後半から使ったようです。今はあまり見かけませんが屋根の上の物干し場で女性二人が洗い張りをしています。たぶんひらめが干してあり、子供は伸子張りの竹で遊んでいます。

針仕事喜多川歌麿 「針仕事」部分 本当の針仕事はあと二枚の絵があります。この女性は幼児の面倒を見ながら薄物の着物を縫っています。私には危なくてとてもそんな事はできません。他に針箱を持つ女性。二人の女性で反物を持って畳んでいるのか、長さを測っているかわかりませんがそのような女性が二人。まだ前髪があり肩揚げをしている男の子が鏡を持って猫に見せているんです。猫は自分の姿とわからなくて威嚇しています。そんな猫をみて楽しんでいる。これがない部分の絵です。衣裳の柄などみていると絞りだし とにかく 浮世絵を見ているとほんとにこの柄の衣裳を着ていたのか?と思うぐらい洋服にはないものです。

葛飾北斎「大原女」 部分
葛飾北斎「大原女」部分 大原女とは京都の大原で柴や薪を頭の上にのせて行商する女性をいいます。観光でこの姿を体験できます。体験しなくてもわかりますが、この女性の荷量はただものではありません。とても現代の日本人には無理です。小さい頃からこの荷の運び方で生きていかないと首を痛めてしまうでしょう。大原女といえば可愛らしい女性のイメージがありますが、この女性は大人で色っぽい!。浮世絵の女性は衿元が開いている時が多く、見る人へのサービスなのか?と思います。衣裳も迫力があるんです。これを見てから、観光で着る衣裳が見劣りするなぁと思ってしまいます。紺の手甲、白の脚半、藍染めの木綿の着物などなど

歌川豊国 三代目中村歌右衛門
歌川豊国 三代目中村歌右衛門
六代目中村歌右衛門丈が亡くなられてから、2008年11月現在 七代目はいません。たぶんお継ぎになるのはあの歌舞伎役者さんとおもいます。
さて 衣裳の説明ですが、成駒屋さんの紋である、祇園守のはいった黒の着物、裏は紺色でふきも大きいです。黒の無地ではなく白い小さな模様があります。長襦袢は紅色で黒の半衿。三枚襲ねにしています。
襲ねの中着や下着の方が細かい柄があり、立て涌の中に模様があり、その上にもう一つ柄がある。いい加減ですすが、はっきりとは見えないのでとにかく細かい柄が描いてあります。帯は麻の葉模様で前結びをしているのです。
歌舞伎演目に『助六』というのがあります。助六の衣裳は当時の人気の服装からきているのだそうです。