織物編12 お召の写真

緯柄のお召

おそらく二越ちりめんと同じ織り方です。緯糸は撚り強さが異なる二種類の糸を使って 経糸は緯に色が染められていいます。緯段の柄を出しているのは経糸ですが、しぼを出すのは緯糸です。

お召 そのⅠ

縞お召

経糸に こげ茶色 ベージュ 柿色の三種があります。そこにベージュ色の緯糸が織られています。

縞お召 その1例

上代お召

紬糸を使った場合のお召を上代お召とよぶそうですが、必ずしも 上代お召と記載されているわけではありません。紬糸を使っているので節があることがわかります。生地の端なので下の部分は界きり線です。

上代お召 その例1

紋お召

地織りは平織ですが、模様は浮き糸になっています。そこそこ細かい柄で、浮き糸になっているので 表と裏では模様のでかたが異なります。表と裏の区別がつきにくいです。

紋お召 その例1

縫い取りお召の一種と思います。

縫い取りお召? その例1

経糸が赤い糸 緯糸が黒糸と白っぽい糸で構成されています。葉っぱの模様は白っぽい緯糸で柄を作ります。赤地の部分は緯糸が黒になっていて葉っぱのところで肉眼では黒糸はわかりません。裏を見ると表が赤地の部分に白っぽい糸が緯にあるのがわかるのです。緯糸は二重になっていることになります。花模様はまた別の白と黄色の太い糸で模様がつくられていますが、花模様の部分だけに太い糸が使われていて生地全体には織られていません。

縫いとりお召? 裏側

紋お召に比べると細い糸が使われています。しぼがほとんど見られないのもこのお召の特徴です。

昭和一桁生まれの母の娘時代の着物です。古着でこのお召を見たことがありますが、新しい物で見たことがありません。最近は このようなお召は織っていないかもしれません。

織物編13 紬

紬と他の織物の大まかな表現の違い

紬とほかの織物との違いは表現方法でわかります。ちりめんやお召を「やらかもん」という表現し、紬はそれにたいして「かたもん」という表現をします。 実際に触って比べるとわかります。


紬の歴史

「紬」は紬糸織の略で、現在では紬といいます。元々、 紬糸 は くず繭 で作ったのです。くず繭というのは養蚕で必ずできる繭です。蚕が繭を作る過程でうまくいかなかったりします。これが自然というものです。捨てるのはもったいないので、くず繭で糸をつむいで織物にしました。江戸時代、くず繭で作った織物まで贅沢品としてみなさなかったのです。戦のない時代が250年間続いたこともあり、地域の織物は産業はさかんになります。藩の財政を豊かにするためには織物産業は奨励されます。現在は着物離れになり、くず繭で絹織物がどれだけ作られているのかわかりません。


紬につかわれている糸について

紬で使われる糸は 無撚糸 や 甘撚り という撚りの少ない糸を使用します。生地の表面に 「ちりめん」 や 「お召」 のようなしぼがありません。(ただし 一部例外があって お召糸 を使用してしぼのある生地もあります。)
縦糸緯糸両方とも 紬糸 を使用している。経糸は生糸、緯糸は 紬糸 を使用しているというような、経糸と緯糸で種類が異なる場合もあります。
くず繭 から作る 紬糸 は 生糸 に比べると太くて節がある糸です。節がない細い紬糸もあります。また ほとんどの製糸は機械です。紬糸もほとんどが機械製糸です。そうでなければ お安い紬ができません。


節のある紬糸をつかった無地の紬

紬生地 ふしのある糸

↑ 100円玉を実物大にして見ましたが、この紬はよくあるちょっと厚めの無地の紬です。節があるのがわかります。肉眼では無地つまり一色に見えるので無地の紬といっています。これをもっと拡大すると経糸と緯糸が異なる色だということがわかります。縦糸緯糸同じ色の紬と共に下に写真を掲載してみました。紬では経糸と緯糸が太さが異なる時は 緯糸が太い方が多いです。

↓ 平織です。右側の方が緯糸に比べて経糸が細く、経糸がわかりにくいです。

ori13no2

節の少ない紬

ふしのない糸で作った紬

↑ こちらの紬はかなりしっかりした生地です。暇人ではないのですが 1センチ角に経糸64本緯糸28本ほどありました。上の二枚の紬は経糸33本から36本 緯糸は25本です。経糸が倍ほどあるのです。糸は撚りのある生糸で 上の二つに比べて 光沢もあります。平織になっています。光沢のある紬は経糸が半分でもあります。光沢のあるなしは密度よりも糸違いで、生地のかたい、やわらかいは密度が影響します。

紬の織り方

紬は平織が多いです。中にはそうでないのもあります。めずらしいのでたまたま残していた生地は どちらを表にしたのか忘れましたが 一方は横縞でもう一方は縦縞になっています。二重織の一種です。

二重織の紬


先染め織物 後染め織物

紬は 先染め織物 と 後染め織物 の両方があります。どちらにしても「おしゃれ着」であり「正装」としては着ません。その一方で緻密な手作業の紬は高価な織物もあります。値段と格は比例しないのです。
どのような産業でも新しい物が開発され商品化されます。着物も同じです。大正初期にその形式が整えられた訪問着は振袖や留袖のように続き柄になっています。続き柄は糸を染めて織る方法ではなく、白生地を織ってから染色します。紬訪問着も 後染め織物 です。後染めの紬が訪問着が作られるまでなかったのかどうかはわかりませんが、後染めの小紋柄や縞柄などの紬があります。そもそも なぜそうなのかわかりませんが、 後染め織物 の方が格が上なのです。糸を染めてから織る 「お召」 もおしゃれ着の範中です。紬がどんなに高価でもおしゃれ着だというのが前提ですが、訪問着という名前がつくことでおしゃれ着の中でも格が上という新たな紬を商品化したことは商売上手だと思います。糸は 紬糸 ではなく 生糸 で使う場合が多くなります。 生糸 の方が 紬糸 より格が上だからです。どんな着物もさまざまな技術者がいて一つの織物が産まれます。作業は分業です。染色の分野では先染めの紬をつくる染屋さんと後染めの紬をつくる染屋さんは別の業者さんです。その技術を同じ土俵で比べるわけにはいきません。

紬を呉服屋さんで見ていると 「後染めの紬しか持っていない」というと「ほんとうの紬は先染めですので ほんものをお持ちください。」といい 「先染めの紬しか持っていません。」というと「紬の訪問着は格が上なんです。」とかいわれるのです。売る時の台詞として、持っていない方を売ろうとして持っている方の紬をぼろくそにけなす店員がいるのにはうんざりします。そのような店員さんは「無視」して気に入った紬を購入してください。


生紬?

ネットで生紬の説明を読むと 紬糸をあまり精練しないで染色する紬と紹介したり 生糸をあまり精練しないで染色する紬と二通りあります。紬は糸の段階で精練(セリシンを取り除く)を行い、染色して織る(先染め織物)や織物にしてから精練し、染色する(後染め織物)があります。
「生織物」 「練織物」は生糸を精練しないで織る「生織物」。糸の段階で精練すると「練織物」といいます。紬糸を使った織物は「生織物」や 「練織物」とはいいません。しかし 現在は、生糸を使って織っている○○紬も多くありますが、昔からの習慣がそのままになっています。また生糸を精練しないで染色することを生(き)染めといいます。この生(き)という言葉はセリシンがのぞかれていないという意味でつかわれています。そこから生紬という名ができたのではないかと推測しています。セリシンが残っていると染色に技術がいると聞いたことがあります。 糸の段階で セリシンを取り除く度合いで 本練り 七分練 半練 があります。生紬がどれぐらいセリシンが残っているのかわかりませんが糊がきいたような感じの生地です。
糸を精練しないで染色してから織った生紬と糸を精練をしないで織り、できた白生地を精練しないで染色する生紬が考えられます。

織物編13 紬の産地

紬の産地は日本中にあります。それぞれ特徴があります。例えば 地元でとれる植物を使って染色するので、よその地域にない色がでます。糸に特徴があったり、文様に何かの意味がある場合もあります。つらつらと並べてみましたが 縫ったことのない紬もあります。

茨城県
結城紬
茨城県の結城、石下地方で織られる紬。重要無形文化財に指定されている紬もあります。着物の製造に動力は電気を使います。重要無形文化財の結城紬は電気のない時代の作り方を守っているのです。製糸は手括り 絣模様の染色も手くびり 織機はいざり機 と決められています。自動織機は使いません。縦糸緯糸の両方が無撚糸の紬糸、結城紬では他と区別して手紬糸というみたいです。当然高価になります。一般的に小売の呉服屋さんから購入する時、100万ぐらいのお値段がついていておかしくありません。逆にいえば 10万円で重要無形文化財本場結城紬は買えません。 結城紬には証書がはられていますので、その証書を見ることが大切です。いやなのは重要無形文化財の結城紬じゃないのに 本物ですといって売る業者さんがいることですね。証書にはいろいろあるのですが わかりやすいのは 「結」と「紬」まずこれを見ることです。「紬」とかいてあるのは重要無形文化財の作り方はしていません。3万円のお値段も見たことがあります。
どこの産地も後継者の育成は深刻な問題です。結城紬も同じですが、
重要無形文化財の結城紬は業者間の取引は現金主義の取引で、掛売りはしないと聞いています。基本 無撚糸の結城紬は袷仕立てにします。夏結城に重要無形文化財の本場結城紬があるかどうかわかりませんが、少なくとも無撚糸の結城紬を単衣仕立てにはしないはずです。仕立てるのには問題ありませんが、着たら困るというわけです。私は実際にやったことがないのでうまく説明できませんが 呉服屋さんの間では常識のようです。

結城紬

↑ 結城紬であることは確かですが、重要無形文化財の結城紬かどうかは記憶にありません。結城紬の文様は亀甲と十字によって構成されています。細かくなればなるほど手間もかかり高価になります。あまり鮮明に写せませんが生地全体に文様があるものや飛び柄のものもあります。

結城紬

↑ こちらは ほとんど無地ですが、小さい飛柄があります。

結城紬

↑紬糸をつかった結城紬の他に緯糸に撚りのある糸をつかって しぼを出した結城紬もあります。並べて比べると 違いがわかります。

ところで 人件費の安い外国で商品を作るということがされていますが 結城紬も例外ではないということがあるようです。いままでの結城紬とは手触りが違うと思う時があります。昔ながらの手触りの結城紬は高価なんだろうと思いますが ここまでくると 結城紬の看板がむなしいと思う時もあります。


鹿児島
大島紬
鹿児島、奄美大島、都城の三都市で生産されている。それぞれ証書が違います。都城の大島紬はあまり知られていないと思います。私は二回しか縫ったことがありません。生産量が多くないのか 他より高めなのかもしれません。大島紬の大きな特徴は絣糸で文様をだすことと、泥染めというのが特徴です。大島紬がたくさん置いてあると、大島紬の香りがただよってきます。先染め大島紬はすごーく細かい柄を糸の段階で染め分けて、織っていくというものです。糸は昔は平糸ですが、この糸が強くないので現在は他の糸が使われています。甘撚り糸をつかいます。無撚糸ではないので、すこし光沢もあります。平織で糸も細いので、生地は軽いです。大島紬を購入される時は耳がぼこぼこ蛇みたいになっているものはあまりおすすめしません。大島紬の耳は太いので単衣仕立て向きではありません。

 

大島紬

 

↑ どちらも亀甲文ですが、どちらかといえば下の明るい藍は若い人向き、上は中年以降という感じでしょうか。左端の耳を見てほしいのですが、大島紬は1センチちょっとの耳巾があります。昔は 黒、白、茶色が主でしたが、他の色の大島紬があります。


山形県
置賜紬 長井紬 米沢紬 米沢琉球紬 (米琉) 白鷹紬
生地の端に置賜紬と記されたものを縫ったことはありますが、そんなに何度も縫ったことはありません。長井紬は山形県の長井市一帯で生産される絹織物の一つです。この地方を置賜郡といったことから置賜紬といわれることもあるようです。米沢紬は長井が米沢に隣接することから江戸中期 藩主の上杉鷹山が機織を推奨し、江戸の後期になると縦緯絣を開発、特に沖縄の琉球絣の文様(米沢琉球紬)を真似たものが人気がでました。白鷹紬は山形県の白鷹町で作られる紬ですが、名前は昭和のはじめにつけられたそうです。
紅花紬
紅花で染色された紬 米沢地方で作られている。


長野県
信州紬 飯田紬
信州紬(信濃紬)というのが長野県一帯でつくられる紬の総称と記している本もありますが、長野県松本と飯田で高機によって織られている紬のことをさすようです。
山繭紬
天蚕(山繭)のみでつくられた紬のことを山繭紬といい、天蚕は穂高町が日本一の産地になっています。
上田紬
長野県上田市で織られる紬。俗に表一つに裏三回取り替えるというほど強い生地で有名ですが、縫ったことがないのでほんとうなのかどうかわかりません。歴史的には古く寛文年間にはじまったが、もともとは農家の副業で江戸中期から商品化された。格子縞が多く 縦緯とも紬糸で高機で織った。現在は機械化された商品が多いと思います。


石川県
牛首紬 白山紬 白峰紬 
石川県の白峰村で織られる紬を白峰紬といいます。明治初期まで牛首村と称していました。白峰村は霊峰・白山の登山口とも知られ、元禄年間つまり江戸時代には 白山紬、牛首紬として知られていました。この紬は紬糸の製法ではなく、玉繭をのべ引きという方法で製糸します。釘にひっかかっても破れない、逆に釘が抜けるというので別名「釘貫紬」と称されました。玉繭から作った玉糸はくず繭にはいりますので上等な織物ではなかったのですが、現在では 他にない特徴ということで評価が高くなりました。
明治になり近代化の時代がきたことで商標登録という制度ができました。某社が白山紬を登録します。これは白生地の機械織りでした。昔ながらの方法で製作していた紬を白山紬として売れなくなったので、変わりに牛首紬として売るようになりました。現在牛首紬を作っておられるのは2軒だけです。
さまざまな着物の本には 別名 釘貫紬と称してと説明があります。釘がひっかかっても破れないという説明をしてもかまいませんが 現在の物は別物と考えたほうがいいと思っています。ある人からの指摘に 本を読んで勉強することは大切ですが、現物を見る、本物を見ることがより大切だと気づかせてくれたのです。牛首紬をたまに縫うこともありますが、もしほんとにいわれているような紬ならば仕立て屋は針が通らなくて縫うのに大変な紬だと予想できます。実際に縫っても他の紬と変わりなく縫えます。「釘貫紬と思えるような紬にであったことはありません。」


岐阜県
郡上紬 
郡上八幡町で織られる紬。農家のくず繭で作られた素朴な紬を宗廣力三(むねひろりきぞう)氏が新たな染色を開発したことで今日の郡上紬がある。草木染めのを名づけ親ときいたことがあります。いわゆる民芸という運動をした方で、紬で初の重要無形文化財技術保持者になった。


沖縄県
久米島紬
沖縄の久米島で織られる紬。江戸時代に薩摩の属国となったので租税として貢納布を強制されます。また薩摩から養蚕の指導もあり、島民は苛酷な労働をしますが、染色や文様や技法で独自のものが発展します。薩摩を経て江戸で琉球紬として珍重されてほかの紬にも影響をおよぼした。
琉球紬

琉球紬
沖縄県で生産される紬織物の総称。絣織物である。絣とは模様がかすったようになることからつけられたという説と、琉球絣をカシィリィということから、これが語源だという説がある。絣は柄のことで麻や木綿でもある。昔は木綿絣だったが現在は絹で琉球絣ともいう。琉球王府の御絵図帳をもとにした多くの絣模様がある。反物の札などを見なくても 柄を見ればなんとなく琉球絣かな?と思うほど、模様に特徴がある。


東京
村山大島
東京都武蔵村山市を中心として作られる絹絣。18世紀ごろから盛んになり明治の初め絹物を織るようになる。名前は大島紬に対抗した名前ですが、染色などの技法は全く違います。絣糸は板じめという方法で染色します。文様を彫りこんだ板に糸を巻きつけて別の板を合わせ、彫った部分に染液を注ぐ方法。
黄八丈

黄八丈

八丈島で織られる紬。縞や格子柄が多い。かりやすなどの植物染料で黄、茶、黒などに糸を染める。黒色は泥沼の中につけて。天然の鉄分による染色を行う。染色技術は無形文化財の指定がある。室町時代八丈絹として献上されている。江戸時代は幕府の支配領となり黄紬が貢租になる。はじめは大奥専用でしたが町人の着用が許されてから人気になり、将軍家から諸大名に下げ渡されて全国的に知られるようになったといわれている。全国的にでまわると黄八丈に似せた織物もうまれるようになり、八丈島で織られるのを本八丈と呼ばれる時もある。